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2015-02-07 09:04    財布メンズ二つ折りイタリア
「仁吉とおえんがさかさに生まれてくりゃあよかったのに。女じゃあ、まさか馬屋をつがすわけにはいかねえだろう」  仁吉の気性をかえりみるにつけて、仁兵衛はそういって口惜しがった。  そんなおえんだったが、真似《まね》ごとにせよ、自分が馬屋の仕事に手をそめるようになるとはおもっていなかった。まして父が弁天屋を廃業した今となって、女だてらにやくざまがいの仕事に手をだすなど、そのときまで想像したこともなかったのだ。おえんは証文をもって上州屋にのりこんだ日からつづけざまに五日間、上州屋へかよいつめていた。 「お嬢さん、今日はわたしにお供させてくださいよ」  六日めの朝、おえんが弁天屋の玄関をでてしばらくいったころ、がっちりとした肩はばでこころもち猫背の男が、縞《しま》の着ながしでうしろから声をかけてきた。 「あ、新五郎さん」  おえんはちょっとふりかえって、そのままあるきつづけた。新五郎はながいあいだ弁天屋で仕事をしていた者で、この数年は仁兵衛はほとんど表にでず、新五郎が若い者をつかって馬屋をとりしきっていたのだった。もう五十をいくつかこえた年ごろで、おだやかな顔をした男だったが、馬屋仲間のあいだでは、 『鬼面の新五郎』  とひそかに呼ばれていた。やくざ者を相手に強引なかけひきで金を取りたてたとき、匕首《あいくち》をむけられ、双肌《もろはだ》ぬいで背に彫りこんだ鬼面|夜叉《やしや》をたった一度だけ人前にさらしたことがあった。渾名《あだな》はそのときからのものだった。弁天屋を廃業するにあたって仁兵衛は、店ではたらいていた若い者の身のふりかたをそれぞれきめてやったが、新五郎だけは、 「その気になればどこの馬屋だってつかってくれましょうが、しばらくは遊んでいようと思っています」  と言って仁兵衛の世話をことわった。 「お嬢さん、馬屋に恥や外聞、体裁なんぞは禁物ですよ。これがあるあいだは、馬屋はやれません。あそんだ金を取りたてるんだから、誰にも遠慮はいらねえ道理だ。情容赦なく取りたてるのが、馬屋のこつ[#「こつ」に傍点]です」  ならんであるきながら、新五郎はひとりごとでもいうようにつぶやいた。 「強談しても埒《らち》があかねえときには、五日でも十日でも、一日も欠かさず相手につきまとうんです。ダニのように相手にくらいついてはなれねえ、これが馬屋の常道なんですが、こいつを平気でやれるようになるのは、なかなか大変ですよ」  新五郎がいうのを、おえんはだまってきいていた。 「相手がどこへいくにも、かならずついてまわることが大事です。仕事へいけば、仕事場のちかくで見えがくれに見張ってる。飲み屋へはいれば、ついてはいる。風呂《ふろ》へいけば、でてくるまで銭湯の入口で待っている。相手にとってこれほどこころを圧迫されることはないらしく、よほどの者でもたいてい十日もつづければまいっちまう。どんなことをしても払っちまおうって気持になるもんらしいですよ」  返事はしなかったが、おえんははじめおもっていたよりも手ごわい相手の応対に、昨日でもう根がつきかけ、内心弱気になりかかっていたときだった。 「馬屋なんていやあ、知らねえもんには資本《もとで》いらずのあぶく銭をもうけるやくざ稼業のようにみえるらしいが、そんな安直なもんでもありませんよ。他人《ひと》に知れぬ苦労といやあ、並大抵のもんじゃねえ。想像以上に年季のいる稼業です。わたしは今暇をもてあましているときだから、退屈しのぎに当分お嬢さんにつき合いますよ」